はじめに
NPO法人マザーハウスでは、昨年、ファイザープログラムの助成により、受刑者への健康意識調査を実施しました。さまざまな受刑者の健康状態や刑務所の医療の現状がわかりましたが、その中で「生きがい意識(ikigai-9)」の調査結果に興味深い結果がありました。
9つある生きがい意識の項目について、全体的な生きがい意識はやはり平均よりも低い結果となりましたが、「何か新しいことをはじめたい」「いろいろなものに興味がある」「自分の可能性を伸ばしたい」という3つの項目については、平均よりも高かったという結果がありました。
※調査報告書はこちら(PDF)
これは、受刑者自身の変わりたいという前向きな意識の現れであると、当法人は受け止めています。この前向きな意識や考えを尊重していく犯罪者処遇の新たなモデルとして「グッドライフ・モデル(良き人生モデル)」が近年、注目されています。
そこで今回は、刑事法・刑事政策を専門にグッドライフ・モデルの研究者でもある相澤育郎さん(立正大学法学部助教)をお招きし、その可能性や課題について伺いました。
(企画者、文責:NPO法人マザーハウス理事 風間勇助)
グッドライフ・モデルとは?
五十嵐:
本日は、グッドライフ・モデルというものについて、まずはご専門の相澤さんからご説明を聞いて、マザーハウスでの実践の可能性を議論できたらと思います。相澤さん、よろしくお願いします。
相澤:
グッドライフ・モデルは、犯罪者処遇モデルのひとつです。犯罪者処遇モデルというのは、犯罪をしてしまった人や、あるいは逸脱的な行動をとった人たちに対して、どういった関わりをもっていくのがいいのかという考え方の枠組みことです。まず、グッドライフ・モデルというものが生まれてきた背景として、この犯罪者処遇モデルの変遷についてごく簡単に説明させてください。
まず、伝統的なモデルとしては医療モデルが広く知られています。これは、1930年代のアメリカで流行った考え方で、犯罪をした人を治療の対象(病人)と考えることです。犯罪行為を一種の病気の現れとして、それに対する処遇は治療と考えるものです。その処遇(治療)は、薬物を投与するといったことから、極端なもので言えば、脳を外科的に処置することで(ロボトミー手術など)、その人の暴力性を取り除くといったことまでありました。しかし、1960年代ごろになると、医療モデルに対してだんだん批判が高まるようになります。最も大きな批判は、医療モデルではそこまでの効果がなかったということです。そして、ロボトミー手術に代表されるような処遇というものが人権侵害の大きさが問題とされました。
そうした批判から、アメリカはどうしたかというと、「処遇をしない」という選択をとりました。犯罪者は、ただ単に閉じこめておけばいいと。すると、次は「過剰収容」という問題が起こってきました。
そうした状態がしばらく続き、1990年代になるとリスク管理モデル、リスクコントロール・モデルといった考え方が出てきました。これは、犯罪者を犯罪行為に対するリスクを持った人たちと考え、リスクある行動をコントロールする、リスクある行動を回避するよう指導する処遇の仕方です。有名な処遇の方法としては、認知行動療法などによって、リスクのある状況を回避するような方法があります。GPSのタグを付けて行動を監視するのものそのような方法の一つです。
しかし、このリスク管理モデルというのは、本人の意志や希望を無視した処遇であるという課題が残ります。本人の意志とは関係なく、「すべては再犯をしないため」という考え方をベースとしているからです。
そして、こうしたリスク管理モデルを批判するものとして現れてきたのが「グッドライフ・モデル」です。これは、犯罪をした人もそうでない人も、同じ人間であるという考え方を前提とします。では、犯罪に至ってしまった人とそうでない人の違いをどのように考えるのか、それは次のような説明になります。
グッドライフ・モデルが立っている前提というのは、人間は誰しもが求める良いもの(グッド)、目標のようなものを持っていて、誰もがそれを追いかけて生きていると考えます。例えば、人と親しくありたいとか、心穏やかに過ごしたいとか、仕事で成功したいとか。それらは誰もが求めるものです。しかし、犯罪を犯した人は、その良いもの(グッド)を手に入れる方法がよくなかった人、という考え方をします。それに対して、犯罪に至らなかった人は、そのグッドを合法的な手段で手にした人、ということです。
つまり、グッドライフ・モデルでは、犯罪を犯した人も、犯していない人も、同じ良いもの(目標)を追いかけていて、違っているのは、その手段・方法であると考え、良いものや目標を合法的な方法で到達できるように支援しましょう、という考え方なのです。
自分はこのモデルが良いと考え研究をしていて、実際に効果があるという研究や報告もあるので、こうした考え方が広がっていくといいなと思っています。
人類みんなが求めるグッド(良いもの)とは?
相澤:
では、そもそも「グッド(良いもの)」って何かというと、グッドライフ・モデルでは、人類誰もが求めている普遍的なグッドというものが想定されていて、ある論文では11個あげられています。
1つ目は「健康な生活」です。心身ともに健康な状態であることですね。2つ目は「知識」で、何か知りたいという欲求、好奇心です。3つ目は「余暇、遊び」で、さらにその余暇や遊びの中で秀でているものがあって「すごいね」と言われるものがあること、これを卓越性といいます。4つ目は「仕事のなかの卓越性」で、仕事のなかで何か周囲が認めるようなものがあること、5つ目は、「主体性」です。つまり、自己決定ができるといったことです。6つ目は「心の平穏」で、ストレスが少ないことです。7つ目は「人間関係」で、これは友人との友愛関係も、恋人との恋愛関係も、家族との関係も全て含まれます。8つ目は「コミュニティ、共同体」で、何か集団の中に属しているという感覚のことです。9つ目は、「精神性、スピリチュアリティ」で、自分よりもはるかに大きな存在に帰依している、宗教の信仰などもここに含まれます。10こ目が「幸福、ハピネス」で、何か自分の欲求が満たされているような状態です。最後の11こ目が「創造性、クリエイティビティ」で、何かを生み出しているということです。
この11個の中のどれかを、犯罪者もそうでない人も関係なく、人類誰もが追いかけているんだと考えます。例えば、ある人は、友人関係を求めている中で暴力につながってしまったり、ある人は心の平穏を求めている中で薬物に手を出してしまったりなどです。繰り返しになりますが、グッドを手に入れる適切な道筋を示し、これを支援することが大事であるというのが、グッドライフ・モデルの考え方です。
グッドライフ・モデルには効果があるのか
相澤:
グッドライフ・モデルを提唱したのは、ニュージーランドの心理学者たちでした。グッドライフ・モデルというのは、考え方の大枠を示すものであって、実はどの程度効果があるものなのか、その検証については、今も課題が残っていると思います。しかし、次のような具体的なケースが報告されています。
例えば、もともと粗暴性が高く受刑経験があり、奥さんと一緒に住みながら仕事をしており、しかし、仕事がうまくいっていないというXさんのケース。新しい仕事を始めたいと考え、起業するため毎日仕事を遅くまで励んでいる中で、奥さんから家にいないことを咎められて、激昂してしまい奥さんを傷つけてしまった、というケースです。
こうしたケースにおいて、グッドライフ・モデルがどう考えるのかというと、まずXさんにとってのグッドは何だったのか、その人は何を望んでいたのかと考えます。すると、まずあるのは「仕事の中で認められたい(仕事の卓越性)」という願望です。あとは、自分の人生は自分で決めたいという「主体性や自立性」のようなものです。そのグッドを手に入れるためにがんばっている中で、奥さんからの何気ない言葉が、自分を否定されたように受け取ってしまい暴力に至ってしまったと、このように考えます。では、Xさんに対して必要な処遇や支援というのが何なのかというと、その人が周囲から認めてもらえるような仕事や職場、その仕事の中でも自分で決めて取り組むことができる自立性、こうしたものが必要だという考えになります。
こうしたケーススタディ的な評価は可能ですが、しかし、そもそも人それぞれバラバラなグッドライフ(良き人生)を、いったいどう評価していいのかという課題は残ります。こういうことができたから、この人は良い人生を送っているというように、客観的には評価しにくいですよね。もちろん、グッドライフ・モデルの処遇によって「再犯をしないこと」につながったといった評価軸は立てられますし、いくつか報告されているエビデンスもあります。特に、本人のやる気や意欲の部分で、リスク管理モデルよりも効果があったとするような報告があります。
例えば、グッドライフ・モデルの処遇を行った人たちと、その処遇をしなかった人たちを比べた時に、グッドライフ・モデルの処遇を行った人たちほど、処遇プログラムを完遂しやすく脱落者が少ない、参加の意欲が高く、ソーシャル・スキルや被害者感情の理解において大きな改善が見られ、さらに、問題対処スキルも高まり、社会からのサポートも得やすくなっていったとする研究もあります。
なので、本人にとってのグッド(良き人生)を測るような評価を考えるのは難しいですが、その処遇効果についてエビデンスがまったくないわけではありません。
五十嵐:
社会からのサポートが得やすくなっていった、という結果がいいですよね。本人のやる気を見れば、支援する人が自ずと現れたということだと思いますが、現状では、多くの受刑者が家族との関係さえ無く、社会との関わりを全く持っていないといえます。マザーハウスが取り組んでいるグッドというのは、先ほど11個あげていただいた中でも、特に「人間関係」や「共同体」といった側面なのかもしれません。
相澤:
グッドというのは、人によって価値の重きが違います。人によっては、人間関係よりも仕事を選ぶ人もいると思います。そうした意味で言えば、マザーハウスが得意とするサポートは人間関係や共同体、社会とのつながりをつくるということですし、反対に、マザーハウスに馴染まなかった人というのは、別のグッドを求めていただけとも言えるかもしれません。
五十嵐:
マザーハウスのみんなはどんなグッドを重視してるの?
スタッフAさん:
基本的には全部ですけど、心の平穏、ストレスのない毎日というのは大きいですね。あとは、スピリチュアリティかな。
スタッフBさん:
自分は、仕事ですね。仕事で褒められることが一番うれしいです。
五十嵐:
仕事というのは重要ですが、日本での出所後の就職には課題が多くあります。一番は、職場の人、取引先の人、そうした人たちの理解を得たり、理解されないだろうと思って前科のことを隠して過ごす心理的ストレスがあって、続かない人が多いと思います。そうした場合、自分の経験からいえば、自分で仕事をつくって軌道にのせること、起業することのほうがいいのではないかとも思います。
風間:
アメリカでは、元受刑者に向けた起業家支援というものもあったりします。日本の刑務作業や就労支援の考え方は、どこかに就職することが前提にあり、就職先でひたすら規則違反することなく作業に向かうことを訓練しているような、そんなイメージがあります。一部の刑務所では、伝統工芸や創造性あふれる興味深い刑務作業もあるのですが。
相澤:
マンガの背景を描いている刑務所がありましたよね。美祢社会復帰促進センターでしたでしょうか。あれは、受刑者の方が描かれたすごく良くできた背景画で、実際に購入することができますし、使われている漫画家さんもいると思います。しかも、刑務所という環境に合った作業になっているので、そうした何か大それた起業支援ばかりではなく、素朴なきっかけとアイデアも重要な気がします。
回避型ではなく獲得型のアプローチ
五十嵐:
今の日本の刑務所では、管理と罰が基本になっているので、現状ではグッドライフ・モデルを刑務所でやるというのは難しいです。なので、マザーハウスが受刑者一人ひとりに働きかけていくしかないのかなぁと、思っています。
相澤:
今の日本の刑務所ではその制度上、たしかに難しいかもしれません。しかし、マザーハウスさんが行った調査結果からは、受刑者自身が「なにか新しいことに興味がある」とか、変わっていきたいといった前向きな意識がありました。受刑者の多くが出所後の人生を当然持っていて、考えていかないといけないわけですよね。現状の調査結果では、なにか漠然と変わっていきたいという考えしか読み取れませんが、具体的に支援に変えていく中では、「こういう資格をとってみたらどうか」など、本人の希望や意志に対して具体的に働きかけていくことができる可能性があると思います。
現状の「ただ反省しろ」という刑罰ではなく、先ほど少し触れた認知行動療法も効果がある処遇として知られてはいますが、基本的には何かリスクある行動を「あれをするな、これをするな」と回避型のアプローチをとります。それに対してグッドライフ・モデルというのは、資格の取得ひとつとっても、何かグッドを手にするために積極的に「あれをやってみよう、これをやってみよう」という獲得型のアプローチをとります。回避型よりも獲得型のアプローチの方が、本人のやる気も持てるんじゃないでしょうか。
五十嵐:
私も服役中は、出所後のことの計画を立てていました。家をどうするか、洋服をどうするか、そのためのお金をどうするか、作業報奨金なんかでは全く賄えません。そこで、社会にいる人との交流の中で「生活保護」というものを教えてもらい、まずはそこから家を借りて、生活の土台を立て直すことから始めようと考えました。
出所後にその計画を実際に行動に移してみると、やはり刑務所の中で得た情報が少なく、大変苦労しました。今では、福祉の支援が多少は刑務所にも届いているかもしれませんが、受刑者自身が立てた更生のための計画に対して、どのような支援があるのかという情報や人(ソーシャルワーカー)が必要と感じます。
しかし、まずは受刑者自身の「自分探し」「自分と向き合うこと」が必要ですね。自分のことよりも先に「お金」のことばかり追いかけてしまう受刑者をよく見ます。なぜ犯罪に至ってしまったのか、自分にどんな問題があったのか、そうしたことについて、社会の人との文通を通じて誰かと交流しながら自分と向き合った経験が、結果的に回復につながります。「自分と向き合うこと」においても、人との交流、社会との交流が必要で、そのためには社会の理解も必要です。
グッドライフ・モデルをどう社会に発信していけるか
風間:
「受刑者の生きがいやグッドライフを支援することが、なぜ社会復帰につながるのか」ということは、社会において一般的にはまだあまり理解がされていないと思います。だからこそ、マザーハウスが独自にこのモデルを、実践を通じて提案していきたいところですが、どのようにして社会に発信していくのがいいでしょうか。
相澤:
なかなか難しい質問です。私自身がグッドライフモデルを支持する根拠は2つあると考えています。1つは、本人が前向きに変わっていくこと、意欲を持って取り組んでもらえるのではないかということです。もう1つは人権の観点から、人は誰でも自分の望ましい人生を求め、生きる権利があると考えています。それは、犯罪をした人であっても、少なくとも実際に法的な制裁を受けて罪を償ったのであれば、他の人と全く同じ権利を有していて、誰もが自分の望ましい人生を生きられる、だからこそ、そのための支援をしなければならない、そのように考えられるからこそグッドライフ・モデルを支持しています。
しかし、理屈ではそのように考えられても、実際に社会の中では、厳しい言葉や市民感情があることも事実です。例えば、「悪い事をしたやつの人生をなんで良くしなければならないんだ」という素朴な言葉は想定されますが、そうした言葉にどう答えるかは、今すぐには浮かんできません。
ただ、以前に刑務所の医療に関するアンケート調査を一般の方にしたことがあります。それは、刑務所の医療は、一般社会と同等であるべきか、低くあるべきか、高くあるべきか、という質問を投げかけたものです。結果として、半数近くの人は「刑務所の医療は一般社会と同等であるべきである」というものでした。さらに、自由記述でその理由について尋ねているのですが、受刑者であっても健康・医療の問題というのは人権として一般の人と同等に守られるべきじゃないか、という回答が多くありました。これは、日本における人権教育がある程度意味を持っていて、人権の問題というのは説明を尽くせば、わかってもらえる余地があるんじゃないかと思っています。
五十嵐:
先日、懲役太郎さんというYoutuberの方が、マザーハウスの活動について情報発信してくださり、その反響で社会の方から文通したいという希望者が殺到しました。なので、厳しい言葉も社会にはあるけれど、同時に寄り添ってくれる人というのも多くいらっしゃると感じています。
日本型行刑の特徴とは
風間:
アメリカを例として、犯罪者処遇のモデルの変遷を説明されましたが、日本の刑務所は今どの段階にあるのでしょうか。
相澤:
日本の刑務所については、この中では、五十嵐さんが一番くわしいはずですが(笑)、日本の犯罪者処遇のモデルは、研究者や実務家の中では「日本型行刑」と呼ばれてきました。その特徴は、工場の担当刑務官(おやじ)と受刑者とのある種の親密な人間関係と権力関係をあわせもったような独特の関係性です。受刑者からあらゆる権利を一度全て奪ってしまい、担当刑務官にとって覚えめでたい受刑者に対しては、その権利を恩恵として与えるという関係性ですね。刑務官を「おやじ」と呼んで慕うところからも、ある種の父と子のような関係ともいえます。この日本型行刑は特に実務家などからは優れていると言われてきました。なぜなら、少ない刑務官で非常に多くの受刑者をコントロールできているからです。
とはいえ、やはり不公平さがあることも確かです。当たり前ですが、刑務官のさじ加減ひとつで、いくらでもえこひいきができてしまうので、不満をもつ受刑者も出てくるものです。これが本格的にダメだとなってきたのが、2002年の名古屋刑務所での事件をきっかけとした監獄法改正のタイミングでした。結果的には、矯正処遇のプログラムを提供するためのさまざまな専門家が介入したりすることによって、相対的に刑務官の力が弱くなっていくものと見られますが、実態については、五十嵐さん、あるいは最近出てきた出所者の方でないとわからないかもしれません。
五十嵐:
結局変わってないと思います(笑)。例えば、外部交通の拡大が確かにありましたけれど、しかし実態で見れば、面談させてくれる受刑者・刑務所とそうでない受刑者・刑務所とあるわけです。やはり、まだ刑務官のさじ加減というのが残ってると思います。こちらとしては、グッドライフ・モデルの中のグッドの一つである、「人とのつながり」というものを大事に、孤独に対処するために取り組んでいるのですが。
外から働きかけていかないと、受刑者自身も、自身のグッドライフ(良き人生)は何かとか、これからの人生をどうしていきたいかといったことを考えないですよね。そこを受刑中からも考えていかないと、出所後もやっていけません。
グッドライフ・モデルをどう実践できるか
風間:
グッドライフ・モデルって、どう実践していけるでしょうか。受刑者に対しては文通もありますし、最近は受刑者同士の対話をベースとした「プリズン・サークル」といった取り組み形態も映画などで注目されています。出所した人に対しての実践も含め、マザーハウスとしてグッドライフ・モデルをどう実践に移していくことができるでしょうか。
相澤:
グッドライフ・モデルに関するワークブックのようなものは、既に出版されています。しかし、かなり分厚くて難しいです。私もパラパラとめくって読みましたが、これを自分がやるとしても難しいなと感じました。そもそも、自分が本当に望んでいるものとは何かとか、考えられないですよね。受刑者の方に限らず、私も自分の人生ってちゃんと考えられないです(笑)。
マザーハウス式でやっていくとしたら、何かブックレットを作ってはどうでしょうか。マザーハウスさんには、既に多くの実践知があると思います。出所してからどんなことに困るのか、どんなサポートが必要だったのかといったこと、支援をされている中でさまざまな困難を超えてきた実践知をもっているマザーハウスだからこそ、つくることができるものがあると思います。それを読みながら、刑務所にいるときから、何か計画を立てて、困ったことがあれば文通で外の人に聞けるとか、そうした実践方法はあるのではないでしょうか。
フランスでは、「刑務所出所者のためのガイドブック」というのが、これもかなり分厚いものがあります。これは、例えば「刑務所の中にいる時にこういうことに困りました、どうしたらいいですか?」という質問が書いてあり、それに対する回答が書いてあったり、サポートしてくれる機関や団体の連絡先が書いてあったりします。分厚いですが、私でも読めるような平易な言葉で書いてあります。そうしたものができると良いんじゃないでしょうか。
風間:
これからマザーハウスが関わっている受刑者のみなさんに実際に「みなさんにとってグッドライフ(良き人生)は何か」ということを問いかけていきたいのですが、どんなふうに聞いていくのがいいでしょうか。
相澤:
何を目的にするのかによって問いかけ方は変わりますが、まずは基本的な調査として、受刑者のみなさんがどんなグッドを求めているのかということを把握することから始めてみてはどうでしょうか。何か仮説を持っておいて、得られた結果から、マザーハウスなりの支援プログラムを考えたり、ガイドブックやブックレットのようなものの制作につなげていくなど。
五十嵐:
今、国や自治体で再犯防止推進計画を進めていますが、当事者の声というのはあまり反映されていないケースが多いです。行政が計画を策定していく話し合いの中で、実際に出てきた元受刑者に問いかけ、話を聞くというのもありだと思います。例えば、「家はありますか?行く場所がありますか?」といった基本的な質問から、「これからどうしていきたいの?どんな人たちとつながっていきたいの?」、「そのためにはどんなサポートがいるの?」、「まわりに支援・応援してくれる人はいるの?」とか。こうした問いかけに対する答えにどう向き合っていくか、これがグッドライフ・モデルの実践につながっていくと思います。グッドライフ・モデルにおいて、行政が取り組めることもまだあると思います。
質疑応答 幸せってどう決めたらいいの?
スタッフBさん:
良い人生って、死ぬまでわからないんじゃないかって考えてしまいます。死ぬ直前に、「あぁ、良い人生だったな」って思うような。今、果たして自分が良い人生を歩んでいるのかってわからないんじゃないかと。今、自分が良い人生なのかどうかって、どう考えたらいいでしょうか。
相澤:
なかなか本質的で、今すぐに答えるのは難しい質問です(笑)。幸せをどう捉えるのかという問題かもしれません。加藤尚武先生という有名な哲学の先生が書いていたことを今思い出しましたが、加藤先生の本には、「幸せとは目的と手段に分かれた関係にあるものではないもの」と言うんですね。つまり何かを得るという目的のために、何かの手段をとることの中に幸せはないと。
具体例で言えば、例えば「コンクールに優勝するために(目的)、ダンスをする(手段)」というのは、目的と手段が分かれています。そうではなくて「ただダンスがしたくてダンスをしている」という状態、つまり目的と手段が分かれていない状態の中にこそ幸せがあるというんですね。ただ歌いたくて歌をうたう、絵を描きたくて描く、そういったものの中に幸福があるんだと。
こういうことを言うと、給料日を楽しみに生きているのは幸せではないのかという反論がありそうですが(笑)、一つの考え方としてそういうものがあり、それはすごく説得力があるように感じます。私はグッドライフ・モデルの研究をしながら、グッドライフや幸せってそもそも何かということを常に頭の片隅においています。
五十嵐:
私は、このマザーハウスでの活動をする中で、目の前の困っている人に応えていくということをしてきましたし、今もそうです。それは、一つには自分自身の被害者に対する思いというのがあります。
世間からは、被害者の気持ちを考えて反省しろとしきりに言われますが、実際には考えても行動に移しようが無いことが多いです。例えば、自分は受刑中、被害者に手紙を書くということはしましたが、弁護士を通じて渡すので受け取ってもらえたかはわかりませんし、では出所してから、その人の目の前に行って頭を下げたくても、もう被害者の方は私とは関わりを持ちたくないと思っているかもしれないですし、直接の被害者にできることというのは案外限られています。その代わりという言い方はとても変ですが、社会の中で自分にできること、目の前で困っている人を支援していくということが、結果的に自分にとっての償いなのか、生きがいなのか……。しかし、償うためにとか、感謝されたくてやっているかといわれると、結局やりたくてやってるんですね。
相澤:
五十嵐さんにとっては、マザーハウスの活動がグッドライフ(良き人生)ということですね。
(おわり)
※本イベントは当初、一般公開型での実施を予定しておりましたが、昨今の感染症対策の状況をふまえ、また、ゲストの相澤育郎さんのご協力もあり、当法人内部でのインタビュー形式にて実施しました。
※ファイザープログラム2019「心とからだのヘルスケアに関する市民活動・市民研究支援」の助成により実施しています。