久々の裁判傍聴です。

今回の裁判は、被告人Aさん(60代男性)のコンビニでの「窃盗」と「暴行」に関する裁判でした。空腹からわずか70円の食べ物を盗み、店を出た後に店員に押さえられ、振り払おうと怪我を負わせてしまったという事件です。なお、Aさんは1万円を被害者に支払っており、示談が成立しています。

今回の裁判では、代表の五十嵐の他に、東京TSネットの更生支援コーディネーターの方も情状証人に立ちました。東京TSネットでは、逮捕時から福祉的支援につなげるための入口支援を行っており、被告人Aさんの生活環境や犯罪に至ってしまった状況についてヒアリングを行い、更生にむけた支援計画を立て、サポートを行う支援をしています。

必要なのは刑罰ではなく、福祉的支援と居場所

更生支援コーディネーターの方のお話によると、被告人Aさんは若い頃から両親・兄弟もなく、どこも頼る先のない孤独と厳しい状況を生きてきて、20代には躁うつ病の既往歴を有していました。Aさん自身、犯罪を障害のせいにはしたくないとは言うものの、「発達障害」の診断に用いる診断シート(DSM-5)を用いてアセスメントを行った結果、多動性や衝動性の発達障害が疑われることを指摘しました。

実際、今回の犯行時は、炊き出しのご飯や、無料で手に入れたパンの耳などで食べ物を工面する生活の中で、衝動的に行った犯行でした。障害ゆえに金銭管理が困難であり、食べていくものに苦労するという生活の繰り返しの中で、過去にも同様の犯行を行ってきたようです。そして、これまでどこからも支援の手は差し伸べられませんでした。

裁判中、更生支援コーディネーターの方が、Aさんが生きてきた過酷な状況を説明する中で涙を流す場面がありました。Aさんを何とか福祉的支援につなごうと、支援の必要性を涙ながらに訴え、これまで誰も頼る相手のいなかったAさんを味方するその姿を、横で見ていたAさんもハンカチで目を拭いながら涙を流していました。

代表の五十嵐の主張も同様に、支援の必要性を訴えるものです。Aさんに必要なのは「治療」であって、刑務所では治療が困難であること、社会の中で支えてくれる人との関係の中で、居場所をつくって回復していくことの重要性を訴えました。

「今回は自分に関わってくれる人が多すぎる。支えてくれる人を裏切りたくない」

検察側からは、今回の犯行が執行猶予期間中であったことも含め、厳しい追求がなされます。前回も同じように反省して二度としないと誓ったのではないか、前回と今回とで何が違うのかという検察側の質問に、Aさんはこう述べました。

「逮捕後に拘置所で3ヶ月ほど過ごす中で、更生支援コーディネーターの方も何度も面会にきてくれて、五十嵐さんにもお話を伺い、文通ボランティアの方につないでいただきました。両親も兄弟もいない中でずっと一人でしたが、今回は自分と関わってくれる人があまりに多すぎる。みなさん自分の時間を削って私に関わってくれている。その人たちの思いを裏切りたくありません。」

最後の方はAさんも涙ながらに語る場面となりました。

弁護人からは、「今後どのように生きていきたいか」という質問がなされ、Aさんは、「更生支援コーディネーターや五十嵐さんとの相談のもと、グループホームといったすぐそばに相談できる人がいる環境で暮らしたい」とのこと。「一人でいるとマイナス思考に陥りがちであるため、金銭管理の問題も含め、支えてくださる方のもとでやり直したい」ということでした。

検察側は、自分勝手な犯行とし、支援は出所後でも受けられるのであれば、刑罰として実刑を科すべきと、懲役2年を求刑しました。一方弁護側は、すでに留置場・拘置所で3ヶ月以上を過ごしており、実質的な制裁は済んでいると考え、また、示談も成立していることから執行猶予を求めました。

犯罪者の多くは社会的弱者

今回のAさんのように、多くの犯罪者と呼ばれる人たちは社会的弱者であることは珍しくありません。そして、社会的弱者ほど刑罰が重くのしかかります(刑罰の逆進性)。

もともと法務省に所属し、矯正施設の被収容者の処遇(更生支援)を担当してきた実務経験をもつ犯罪学者・浜井浩一さんは、次のように説明します。

一般的に、家族や仕事があり社会基盤がしっかりしている者や、経済的に豊かな犯罪者は、弁護士の支援も受けやすく、被害弁償を行うことで示談を得やすい。教育水準の高い者は、コミュニケーション能力も高く、取調べや裁判の過程で、警察官や検察官、裁判官の心証をよくするために、場に応じた謝罪や自己弁護等の受け答えができる。その結果、こうした人々は、起訴猶予、略式裁判(罰金)、執行猶予を受けやすく、よほどの重大(または著名)事件または累犯者でなければ実刑判決にはなりにくい。
これに対して、受刑者の多くは、無職であったり、離職していたりと社会基盤が脆弱であるものが多い。さらに、教育水準やIQが低く、不遇な環境に育ち、人から親切にされた経験に乏しいため、すぐにふてくされるなどコミュニケーション能力の乏しい者が多い。当然、刑事司法プロセスのなかでは、示談や被害弁償もままならず、不適切な言動を繰り返し、検察官や裁判官の心証を悪くしがちである。その結果、判決では、全く反省していないとみなされ、再犯の可能性も高いとして実刑を受けやすい。[浜井浩一「犯罪者とはどんな人たちか?」『加害者臨床』廣井亮一編、日本評論社、2012年]

窃盗や犯罪を繰り返すAさんの“行動”だけを見れば「全く反省していない」とみなされるが、しかし、Aさんがなぜ犯行に至ってしまったのか、これからどう生きようと考えているのかといった側面、Aさんという一人の人間に目をあてると、必要なのは刑罰ではなく社会の中の“居場所”や“福祉的な支援”であることが見えてきます。

刑務所に行っても犯罪を繰り返してしまうということは、結局、刑務所では何も変わらない(むしろ悪化する恐れもある)からです。Aさんの更生、再犯防止に本当に必要なことは何かを改めて考えていきたい久々の裁判でした。

(ペンネーム:dada)

※裁判傍聴記について
裁判傍聴記では、マザーハウスに関わる文系大学生のボランティアが、主に代表の五十嵐への情状証人の依頼があった裁判について、傍聴した感想を投稿しています。

※情状証人とは
刑事裁判で被告人の量刑を定めるにあたって酌むべき事情を述べるために公判廷に出廷する証人を言います。 刑事裁判では弁護側と検察側のどちら側にも情状証人が付くことがあります。(刑事事件弁護士ナビより)