今回の裁判は、特殊詐欺の「受け子(特殊詐欺などの犯罪で現金を受取る役割)」となった20代男性Aさんの事件である。

被告人Aさんの第一印象は、半袖Tシャツにスウェット姿で、本当にどこにでもいそうな普通の若者であった。
実は、本件はネット記事にもなっており、実名や顔画像まで出てしまっている。 特殊詐欺事件の世間の関心の高さとともに、高齢者をねらう悪質な詐欺という認識から、ネット上では被告人に対する心ない言葉があふれるが、裁判で語られた真実を丁寧に追っていきたい。

まず、事件の概要として、被告人Aさんは、顔も名前もわからない指示役からの電話での指示のもと、被害者となった高齢者宅へ出向き、多額の現金を受け取ろうとしたところを現行犯逮捕となった。

今回の事件は、実名も顔画像も公開されていることから、事件の特定を防ぐため、具体的な被害金額や事件発生場所などの詳細は伏せ、事件の概要は上記にとどめたい。

いったいなぜAさんは、受け子となってしまったのか

被告人Aさんは、両親が離婚した後、父親のもとで暮らすも父親の周囲の関係性も含め環境が悪く、家出をする。

ずっと一人で過ごす中で、「先輩」という知り合いや仲間に出会い、Aさんはそこを「やっと見つけた居場所」と話していた。 窃盗で一度捕まり、釈放時に身元引受人となってその後の生活を支えてくれたのも、この「先輩」であるという。

そして、前刑の釈放直後に「先輩」から今回の事件の誘いを受け、一度は断るものの、先輩に対する恩や、居場所をなくしたくない思い、上下関係に厳しい先輩の誘いを断りきれず、詐欺グループの指示のもと受け子となってしまった。

被害者に対し電話をして、巧妙なウソのもと現金が必要であることを伝えたのは詐欺グループの指示役・中心人物の方であり、受け子であるAさんは、被害者がいったいどのようなウソで騙されていたのか、その詳細はあとから聞かされ、自分に与えられた役割と指示のもと動いていた。
(しかし、詐欺グループの犯行に関与していることは認識していた)

ちなみにネット記事やテレビ報道では、あたかもAさんが自分で考えたウソで高齢者をだまし、ひとりでお金をだまし取ろうとしたかのような書きぶりであった。それは間違いである。

「受け子」を断ることはできなかったのか

裁判官や検察側からは、自分が詐欺に関与していることがわかっていたのであれば、本当に断ることはできなかったのか、逃げ出すことはできなかったのか、という追求が始まる。

もう一度Aさんの言葉を思い出したい。

家にいることができず、家出をし、居場所もない中、先輩との出会いは「やっと見つけた居場所」のように感じていた。

前刑の釈放時に身元引受をしてもらい、生活を支えてもらった先輩への恩や、一人になることの怖さ、居場所を壊したくない、そんな思いの中で断ることができなかったのである。

「受け子に失敗したらどうなるか…」ということも先輩から聞かされていたようで、さまざまな「怖さ」の中にいたであろうことが想像される。

検察官は、被害者のことを考えれば断ることはできたはずだ、前刑の釈放直後でもう二度と捕まるのが嫌だったなら、断って逃げ出すこともできたはずだと言わんばかりであったが、
Aさんは当時の状況を振り返り、

「被害者のことよりも、自分のことで精一杯になってしまった。 今は、被害者の立場に立つと、家族を思う気持ちを利用して大事なお金を奪うようなことはあってはならないものだとわかる…」

と、弱々しく述べていた。

Aさんは、追訴を覚悟のうえで自分が関与した余罪についてもすべて話し、自分が知りうる共犯者についてもすべて話した。

Aさんの居場所はどこ?

今回の事件において、マザーハウスが関わることになったのは、実の母親にも身元引受を断られ、もう「先輩」とは関わりたくないし、また、父のもとにも戻りたくないからであった。

Aさんは、拘留中に五十嵐さんと面会し、話をしたうえで今後の更生の道について、次のように話した。

「最初は、弁護士さんを通じて就職雑誌などを差し入れてもらい、適当に身元引受先が見つかったら、とにかく仕事を見つけてやり直せばいいと思っていました。しかし、五十嵐さんとの面会を通して、仕事よりも居場所や生活の土台を立て直すことの重要性を認識したんです。

身元を引き受けてもらううえで、更生という自分の問題を人任せにして、支援に頼るような甘い考えも最初はあった気もしますが、今は、自分で考えること、どう変わりたいのか、更生したいのか、自分の問題として”変わる意志”を持たなければならないと感じました。

母には身元引受を断られましたが、母の立場になって考えてみると、母には母の生活があるので、仕方ないとも思います。父のもとには今も帰りたくありません。 マザーハウスさんのもとでやり直したいと思います。今回の事件や裁判を通して、身の回りの人々の大切さを改めて感じました。」

概ね以上のように語った。優等生ぶるような態度でもなく、素朴で素直で、正直な言葉であった。

今回の弁護について

検察側は3年6ヶ月の求刑をするが、弁護側は、

「高齢者の資産をねらう悪質な犯行であったことは否定するものではありません。しかし、

・ 被告人Aの関与は中心的なものではなく、積極的な関与ではなかったこと
・ 追起訴となる事実も正直に話し、過去の犯罪との決別、反省が現れているといえる
・ マザーハウスという更生のための支援者が身元引受となること
・ まだ若く、やり直しができる年齢であること

以上から、執行猶予を求める」

とした。

Aさんは本当に悪質な犯罪者なのか?

繰り返しになるが、本件はネット記事になり、まだ若いながら名前も顔画像も公開されている。 ネットでの反応は、「20代で高齢者からお金だましとるとか、他にやることないの?遺伝子レベルでおかしいのでは?」や「極刑でもいいのでは?」など、心ない言葉が飛び交っている。

Aさんはいたって普通の若者の姿で、ただずっと一人で過ごしていた中で、たまたま知り合った「先輩」や居場所が悪かった。 もし、違う人や居場所に出会っていたら今回のようにはなっていなかったかもしれない。

離婚した親が悪い?父親が悪い?母親が悪い?
そのように家族の問題とするならば、元エリート官僚が息子を刺殺してしまった悲しい事件が思い起こされる。また、つい最近も父親が小学6年の息子を殺害してしまったニュースが流れている。

個人の問題、家族の問題と考えようとするから追い詰められ、エリートだろうがごく普通の家族であろうが、どこにでも暴力や犯罪が起きうる。
社会の側に頼る先・逃げる先はなかったのか、このように問わねばならないだろう。

追伸〜裁判を傍聴しての感想

みなさんは居場所がないという状況をどれほど想像できるでしょうか。
普通であれば、家があり、職場や学校があり、さらには別な第三の居場所(サードプレイス)もあるかもしれません。複数のコミュニティに属すなかで、人生のさまざまな困難への対処において、私達は日々、人に支えられて過ごしています。家族の愚痴を職場仲間にこぼしたり、職場の悩みを学生時代の仲間に話したりなど、些細な事柄も含めてです。

居場所が一つもない、そんな状況になったらどうしますか?

今回の事件では、そんな想像力が必要だと感じました。

(ペンネーム:dada)

※裁判傍聴記について 裁判傍聴記では、マザーハウスに関わる文系大学生のボランティアが、主に代表の五十嵐への情状証人の依頼があった裁判について、傍聴した感想を投稿しています。

※情状証人とは… 刑事裁判で被告人の量刑を定めるにあたって酌むべき事情を述べるために公判廷に出廷する証人を言います。 刑事裁判では弁護側と検察側のどちら側にも情状証人が付くことがあります。(刑事事件弁護士ナビより)