窃盗は本当に快感か

今回の裁判は、常習の窃盗事件である。
被告人Aさんは私と同い年の20代男性だ。
被害金額こそ少額であるものの、前歴も多く実刑は免れない。

Aさんは、検察・弁護士・裁判官それぞれから

「なぜ窃盗をしてしまうのか」

という質問に対して、

Aさん:「快感とスリルがあるから」

と、終始答えていた。
ふざけているふうでもなく、とても真剣な表情でそう答えていた。

最近では「窃盗症(クレプトマニア)」という精神疾患の病名が一般的になりつつある。
その定義はWikipedia上では、こうなっている。

  • 窃盗症(せっとうしょう、英: kleptomania、クレプトマニア)とは、経済的利得目的以外で、窃盗行為という衝動を反復的に実行する症状で、精神障害の一種である(Wikipediaより)

Aさんの場合、犯行当時は家族とも疎遠で金銭的に貧しく、
漫画喫茶で寝泊まりを繰り返す生活で、寒さもあったせいか手袋のほか、
実用的な目的をもったものを盗んでいた。
(窃盗症は、金銭的理由や実用的目的をもたない窃盗行為そのものへの衝動が多い)

そんな事実もあり、裁判官ははっきりとこう述べた。

「あなたの犯行の場合、窃盗症の方の傾向とは全く異なりますよ。
本当に快感とスリルだったのですか?
もう一度、なぜ自分がこうも何度も犯行を繰り返してしまうのか、きちんと向き合って考えるべきですよ。」

判決を言い渡す時ならまだしも、裁判で裁判官がここまで述べることは珍しいそうだ。

五十嵐さんいわく、若い人が万引きに手を出してしまうケースの多くは、
親に振り向いてほしい孤独やさみしさに原因があるそうだ。

Aさんも当初はそんな疎遠となってしまっている家族への思いがあり、
繰り返すうちに、スリルや興奮といったことも実際にあったのだろう。
そして、なぜ自分が窃盗を繰り返してしまうのかを悩んでいるうちに、
情報があふれる社会で「窃盗症」という便利な言葉を見つけたのではないだろうか。

「快感とスリルがあるから、病気だから」と答えてしまえば、
自分と向き合って考えるよりはるかに楽なのかもしれない。

しかし、本当の理由や、本当の自分に向き合っていく必要がある。
裁判官も五十嵐さんもそう考えていたようだった。

Aさんも
「刑務所に行くのは嫌なのに、なぜ何度も繰り返してしまうのか」
真剣に悩んでいた。

マザーハウスでの文通や、回復プログラムでAさんの悩みに応えていきたい。

更生のステップ

裁判の前に、事前に弁護士事務所を訪れ、
五十嵐さんと弁護士さんとの間で打ち合わせがあり、
私も同行した。

そこで、マザーハウスが考える「更生」とは何かという話になった。
より厳密に言うと、何をもって「更生した」と言えるのかという問いである。

五十嵐さんは、こう答えた。

「更生したかどうかは、社会にいる人が決めることではないかと思う。
更生に向かってがんばる姿を見て、社会の人がそれを認めて支援してくれる。人から支援を受けて『社会から認めてもらえた』ということを実感する。
それがまず、更生の最初の段階ではないだろうか。
その先には、支援を受ける立場から、次は自分が誰かを支援できるような人間になること。自分の時間やお金を誰かのために使って何か支援する。
マザーハウスでは、そうした更生を目指したい」

更生したかどうかを判断するのは難しい。
再犯をしない状態と言っても、いったいいつその判断をしていいのか、
仕事をして経済的に自立することだけだと、何か不十分な気がする。

いろんな人に出会いながら、裁判に立ち会いながら、
いつも「更生とはどういうことか」を考える日々だ。

(ペンネーム:dada)

※裁判傍聴記について
裁判傍聴記では、マザーハウスに関わる文系大学生のボランティアが、主に代表の五十嵐への情状証人の依頼があった裁判について、傍聴した感想を投稿しています。

※情状証人とは…
刑事裁判で被告人の量刑を定めるにあたって酌むべき事情を述べるために公判廷に出廷する証人を言います。 刑事裁判では弁護側と検察側のどちら側にも情状証人が付くことがあります。(刑事事件弁護士ナビより)